150706 ウィリアム・テル(ギヨーム・テル)@英国ロイヤルオペラ・ライブシネマ(7月15日1:50−音だけ放送あり)

7月14日の公演は、BBC-Radio3での音だけ放送もあります。(日本時間7月15日午前1時50分〜)
後ほどアーカイブでも聴けると思います

Radio-Broadcast on July 14 17:50-(GMT)
(JST:July 15 1:50-)

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(せっかく読み応えのあるコメントを頂いたので、この記事を編集&追記という形で感想をアップしますね)

結局横浜で観て、そのままお泊まりしました。
(終演は10時近かったので、そこから帰ると日付超えそうだったし、夜遅くの電車に乗り馴れていないので、安全のことも鑑みて)
チケットを買ったときは16番目だったんですが、もう少し埋まってて、30人くらいはいたかな・・と思います。一列に2、3人は座っていたかんじ。

全体的な印象を一言で表すと「悪趣味」に尽きます・・・

例の問題の場面は、2度目の上演から変更されたそうで、確かに映像で見るに耐える程度にソフトにはなってましたが、そこに至るまでに、延々と女性に嫌がらせをするだけでも充分に不愉快。
女性として、激しく嫌悪感を抱きました。

同じように嫌だったのは、コメント欄で斑猫さんが言及して下さった【子供の扱い方】
特に1幕のメルクタールの処刑の場面は、悪ふざけの度が過ぎると感じました。あれこそ児童虐待とかで問題にならなかったのか・・とも思いました。
それ以降の場面でもやたらと子供に銃を持たせたり、ピストルや自動小銃も必要以上に使い過ぎ。残虐さを小物とエキセントリックな行動に頼ることでしか表現できない稚拙さも感じます。

暴君やその腰巾着のような手下に対する憎悪や嫌悪感を観客に植え付けさせるのが目的だとすれば、私はまんまとその術中にはまったと言えるでしょう。もっと目を背けたくなるような残虐行為が世界のあちこちで行われていることも、一般常識として理解しているつもりです。

けど。
風刺のお芝居や演劇ならともかく、オペラにおいて(それが元々描かれてるとは言い難い作品において)そういうことを再現して見せて何の利益があるの?観客に嫌な気持ちを残させて帰宅させることが目的?

オペラを見たり聴いたりする時に、いつだって夢物語の中に連れて行って欲しい・・・とは言いません。前衛演出に傾倒した時期もありましたし、たまにはウィットに富んだ、刺激的な解釈も欲しいけど、
今回のような嫌悪感と後味の悪さしか残らないような舞台ばかりが続くとすれば、もう劇場に足を運ぶのはやめた方がいいのかも・・とさえ思いました。音楽だけを楽しみたいのならば、歌手の表現と解釈をストレートに味わえる演奏会形式やCDだけで充分。

そうは言っても、人間の声には抗し難い魅力があるわけで、声の重なり合いが理に叶った舞台と相まった時の美しさは、何者にも代え難い魅力があるのは動かし難い事実。
そして、こういう理不尽な舞台に接した時に色々と言いたくなるのも、楽しみの一つであったりするのですから。

この作品、通して聴いたのはライブシネマの数日前に数回程度、リブレットも一度もなぞる時間もなく、とりあえず音楽のアウトラインだけはなんとか掴んだ状態で臨みました。
なので、日本語で字幕がついたこと、指揮者パッパーノの解説等が途中で入ったことは、これまでの私の予備知識不足を補う為には、とても役に立ちました。

字幕付きで見て初めてわかったこと等を含めて、いくつか、印象に残ったことを・・
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【初めて気がついたこと】
マティルデとアルノルドの出会いは雪崩の時・・というのは、実際にそういう場面があるわけではなく、アルノルドの歌で示される。

【軸は「父と息子の確執→氷塊→ともに成長」・・なの?】
アルノルドとメルクタールは確執を抱えたまま父が非業の死を遂げ、その父の死を乗り越えられないまま、女か祖国かを友人たちに迫られて戦いへ赴く。
テルとジェミだって、もう少しお互い年を取ればメルクタール親子のような確執を抱える可能性は充分あり得るよね。

【スイス独立運動=テル自身の成長?】
かな〜〜?とも思ったり。インタビューにもありましたけど、テルって自分自身が望んで独立運動の主になったわけじゃないし。そういう弱い面が多分に出ていたような。

【アルノルドとマティルデの恋愛エピソードって、感情移入しづらい^^;】
いち農民の青年が、雪崩で助けたのがたまたま敵国の王女で、お互いに一目惚れ・・なんて、そもそも「あり得な〜〜〜いっ!」っていう設定じゃないですか?
お互い歌が長い割には、無い物ねだりに終始してぜんぜん解決に至ってないし、最後もどうなったのかいまいちわからない。
(身分違いの恋に立ちはだかる壁こそオペラにおける恋愛の醍醐味だと言われればそれまでなんだけど、なんか腑に落ちなかったワ)

【登場人物もやたら多いし・・】
「父と子の成長物語」を軸に暴君からの祖国解放、おまけにそれに絡むラブストーリーまで盛り込むから、却って散漫になって、収まりが悪い気が。

【ホームドラマにも振れ過ぎ】
コメント欄でBasilioさんが触れていらっしゃいますが、ジェミの扱いが大きいと私も思いました。で、テルとジェミとお母さんが絡むところは、やたらホームドラマ風だったのも鼻につきました。
特に3幕でテルがゲスレルに捕えられ「お母さんのところに行きなさい」というところで、その場にいるはずのないお母さんが、舞台の横でテーブルの上のものをひっくり返すのは、説明的過ぎません?

【2幕フィナーレの男どもの決起場面】
脱ぐなとは言いませんが、人数が多すぎます!それに、なんで血をあんなにベタベタ身体に塗りまくるの〜?美しくないわ。

【マント男=伝説上のテルは邪魔よ!】
も〜〜この手の示唆的な人物が出てきて舞台をチョロチョロする手法、いい加減にして欲しいです。あれでは実際のテルに意思決定力がないようにも見えてしまいます・・

【結局「勧善懲悪」じゃん】
「いろいろあったけど、最後はめでたしめでたし自由バンザイ」って・・なんか「フィデリオ」みたいじゃない?
悪者はやっつけられて善人が勝利する・・つまり勧善懲悪じゃん。この手の御都合主義的なめでたしめでたし・・・があまり好きじゃないのよねえ・・
(私がバロックとか、古い時代のベルカントオペラが苦手な理由は、台本自体が苦手なせいもあります)

【そして「盛り過ぎ」じゃん】
登場人物は多いわ、エピソードは多い・・雄弁な音楽だけでも、その盛り具合は窺い知れるのに、舞台がいちいち説明的になると、情報過多で疲れる。。。盛り過ぎ。

【ヴァルテルって!】
2幕途中でいきなりテルと共に現れ、スイス愛をかっこよく歌い上げるヴァルテル…
勇ましく決起を促した割には、みんなが闘ったり虐げられている間、貴方一体何処で何をしてたの〜?と激しくツッコミたい
次に出てくるときはもうゲスレルも死んだ後で、都合良く自由バンザイを歌い上げてるしさ(笑)
真面目で融通が利かなそうな、堅物っぽさが彼のキャラにぴったりで、クスクス笑いをこらえきれませんでした。
(衣装も狩人風とかじゃなく、ジャケットだし・・・っていうか、まるっきり「素」だよ・・;まさか、衣装は手持ちの自分の服ってわけじゃないんでしょうね?)

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というわけで、演出にはおおいに不満ありで、演出だけなら★はゼロどころかマイナスにしたいぐらいですが(^^;
批評や大方のご意見同様に、歌手陣は良い◎と思います。

ジェラルド・フィンリーはグラインドボーンの映像「マイスタージンガー」でのザックスはちょっとピンと来なかったんですが、ナクソス経由で予習に使ったパッパーノ盤でも「おっ?!」と耳が立ち・・・
映像を伴うとより一層説得力があります。いい意味で野性的な容貌も、この役にピッタリ。ヴィノグラードフとの声の相性もとても良く、Trioはまとまっていたと思います。

ジョン・オズボーンは、2012年にサンディエゴでの「理髪師」でヴィノグラードフと共演していて、その時も結構好きなタイプのテナーだな、と思ったんですけど、私としては彼がアルノルドで良かったと思います。(もともとロッシーニ歌唱云々に疎いので、声と歌い方が苦手でなければOK)
幕間に流れたインタビューも興味深かったです。

マリン・ビストレムは、声はいいんですが(上にも書きましたけど)
マティルデとアルノルドのエピソードにどうにも感情移入しづらく(しかもアリアも長いし)
北欧の歌手さんにありがちですが、ちょっと演技過剰じゃないかな?とも感じました。(初日のカテコでのガッツポーズにも・・;もう少し慎みみたいなものが欲しい;;)

で、ヴァルテル=アレクサンドル・ヴィノグラードフは・・
うんまあ、出番少ない割には皆様に誉めて頂いて恐縮です(^^;
最初、声がちょっと掠れてたのでドキッとしましたけど、徐々に乗ってきて。良かったんじゃないでしょうか。

実は私、あらすじを読んでいる時には、あらすじに殆ど現れないヴァルテルよりも、ゲスレルを歌ってくれればいいのに・・などと思っていたんですが(両方ともバスの役)
「今まで見たオペラの中でも最も極悪非道で最低のキャラかも。大っ嫌いだ、あんなヤツψ(`∇´)ψ」
と直後には思ったぐらいの嫌なヤツなんて、歌わないで正解!!という、私の個人的嗜好もありますけど、
ある意味ゲスレルの方が簡単・・というか、魅力的な旋律もないし、オーヴァーに演劇的に表現できればOKで、あまり歌唱力自体は問われないんじゃないかしら?とも思いました。

ヴァルテルは、あらすじにも現れにくい、キャラの立ちにくい役だけれども、過去の名バスも手がけているのは、歌の表現力だけで存在感を提示する力量が問われる役だからかもな・・とも思いました。なんせ、あんなに堅物な役なんですもの。

でもこういうのはお手の物だし、特に今回の演出におけるゲスレルの残忍さは、頑張っても彼には出せない。彼の歌のスタイルがそれを物語っていると思います。
これは、ゲスレルをニコラ・クルジャル(主要メンバー唯一のフランス語ネイティブシンガーとのこと)が歌い、堅物 → 高潔なヴァルテルをヴィノグラードフが歌ったのは、理に叶った配役だったと思うわけです。

脱ぎ場面はまあ・・・事前に伺って期待度は上がって楽しみではあったんですが、
本音を言うと・・サプライズで見たかったかも。すみません。

もっとズギューン!ってなるかと思ってて、予期したときめきは起こらなかったけど。
(あまり映らなかったしね・・あの場面、ジェミの一人妄想チャンバラなんぞ映してないで、もっと彼を!と思ったのはナイショw)

これだけい〜ろいろ、考えさせられたのは、ひとえに彼が出ていたからであって。
そういう点からも、私があまりなじみのない演目で、ライブシネマにかかったものに出てくれたことに感謝しています。
とにかく見てみないと、批判も弁護もできませんからね。

残りの舞台も頑張ってね!!!
7月14日の公演は、BBC-Radio3での音だけ放送もあります。(日本時間7月15日午前1時〜)
こちらはアーカイブで聴けそうですね

****************
2015年7月6日 英国ロイヤル・オペラ ライブシネマ@横浜ブルグ13

指揮:アントニオ・パッパーノ
演出:ダミアーノ・ミキエレット

ウィリアム・テル(スイスの愛国者):ジェラルド・フィンリー
エドヴィージュ(テルの妻):エンケレイダ・シュコサ
ジェミ(テルの息子):ソフィア・フォミーナ
アルノルド・メルクタール(スイスの愛国者):ジョン・オズボーン
メルクタール(アルノルドの父):エリック・ハーフヴァーソン
ルートルド(羊飼い):サミュエル・デール・ジョンソン
リュオディ(漁師):エネア・スカラ
ロドルフ(ゲスレルの射手隊長):マイケル・コルビン
狩人:マイケル・ラシター
マティルデ(ハプスブルグ家の皇女):マリン・ビストレム
ヴァルテル・フュリュスト(スイスの愛国者):アレクサンダー・ヴィノグラードフ
ゲスレル(シュヴィッツとウーリ州総督):ニコラ・クルジャル

投稿者: ヴァランシエンヌ

通称ヴァラリン。モットーは【チャーミングなオトナのオンナ】 アラフォー→そろそろアラフィフ主婦の日常生活や年に一度?!のおっかけ旅行記その他を執筆中です。 10年間の公立図書館パート勤めに別れを告げて新たな人生模索中。 人生のスパイスは愛と勇気と愛しい彼の声。 ロシア人バス歌手アレクサンドル・ヴィノグラードフのファンサイトも運営中:) こちらもよろしくお願いします。 詳しくはこちら Great fan of Russian Bass Singer Alexander Vinogradov & a webmaster of his fansite :)

“150706 ウィリアム・テル(ギヨーム・テル)@英国ロイヤルオペラ・ライブシネマ(7月15日1:50−音だけ放送あり)” への 10 件のフィードバック

  1. 川崎に行ってきました。20人弱でした。品川と迷ったのですが、品川に行けばBasilio君と会えたのにね。残念!
    問題のシーンはだいぶトーンダウンしたようで、たとえばマクヴィカーの「リゴレット」の方が過激だったかもしれない。しかし、その点はともかく、全体のfilthyな舞台造りにはガッカリです。上半身裸のおっさんたちも見たくないし。(すみません、十羽一絡げで)子供の扱いも不愉快だし。
    2013年フローレスが出たペーサロの舞台のヴィックの演出もいいとは思わなかったけど、これに比べればずっとましでした。
    演出の不愉快さに気を取られて音楽に集中できない、って最近の舞台によくあることだけど、せめてライブビューイング3500円の損害?ですんでよかったわ。音楽はあんなに素晴らしいのに…バレエ音楽だってステップが見えるような上出来な曲なのに…
    ロッシーニは天才だ、ミケレッティは糞だ、とぶつぶつ言いながら帰りました。上映時間4時間じゃなかったですよね。帰りの道は酔っ払いだらけでした。
    お目汚し失礼。

    1. 斑猫さん:

      お久しぶりです!いらっしゃいませ。
      よくここがわかりましたね(笑)コメントありがとうございます。

      >子供の扱いも不愉快だし。

      全く同感です。あれこそ児童虐待で問題にならなかったのかしら?とさえ思いました;;

      問題の場面も含め、弱いものに対する絶対的な力の誇示が必要以上に誇張されていた気がします。

      >損害

      ふふふ。私は見る前には「ライブシネマで盛り上がっちゃって、残りの公演見る為に弾丸しちゃうかも!」と思ったらどうしようかと心配してたんですが、それはないな・・と確信しました。

      色々と難しい時代だなあとは思います。同じことばっかりやっていても進歩はないし・・
      でも、はき違えが多すぎてるよな〜〜とか思ってしまって;;

      またいつでもいらして下さいね(普段は大したネタは提供できてないですけど:P)

  2. いやあ、ヴァラリンさんかな~と思った人に勢い余って声をかけずに良かったですw
    微妙に皆さんばらけた感じですかね。

    みなさん大不評の演出ですが、個人的にはそんなに悪くなく思いながら観ていました。基本的に皆さん演技功者なのもあって、内面的・心理的な世界を展開しているなあと。この作品テーマがテーマだけに愛国万歳みたいなおっかない感じになってしまいかねないとも思うのですが、少なくともそこに疑義を向けながらも観られるような舞台になっているように思いました。21世紀にもなって美しい愛国讃歌ドラマをやるのはダサいし、リアルでもないし、共感できないというのが根本にあるような気がしています。テルはそのままかけても偉大な作品だと僕は信じていますが、ウソ臭くないかと言われればウソ臭い話ですしね。
    例のところももちろん気分のいい場面ではないですが、『ムツェンスク郡のマクベス夫人』並のものが出てくるかと構えてしまっていたので、思ったよりは(^^;現代はこの当時に比べて名誉がとかプライドがとかの意識が低くなっているような気もするので(必ずしも悪いことだと思いませんが)、台本通り「踊れと脅されて無理矢理踊らされた」ということの精神的な苦痛やそこに垣間見える圧政ぶりはあまりリアルに感じられず、もっと生々しいああした形にしたのかなあなどと考えています。
    (それにしてもゲスレルの小物っぷりには閉口しました。残虐性はわかるんだけど、なんというかチンピラの兄貴分みたいで……もう少し大物に描かないと釣り合いが取れないですよ。)
    (そしてこれは自分の無教養を曝すだけなのですが、バレエは退屈することの方が圧倒的に多いので、ああやって物語が進行して呉れる方がありがたかったり。。。)

    僕自身がそれよりも不満だったのは、まずは第1幕の結婚式の場面。これは流石に歌詞の内容と演出が進行させたい劇があまりにも乖離していて、正直全くのめり込めませんでした。後半の幕になるに従ってこれは随分解消されて、やりたいことにも納得はしたのですが、それでももう少しやりようがあるんじゃないかなあ。それからジェミの扱いと言いますか演技の問題なのかなあ、結構大きく彼を扱った割には、動きや表情づくりが単調な気がしています。ミキエレットの今回のテーマは「父の苦悩/子の苦悩」なんだろうなと振りかえって思っていて、そう読むとジェミの反抗的な態度は、彼の理想のテルと等身大のテルとのギャップからきているということなんだろうと思うのですが、あの演技だとそういう感じにならない(^^;むしろ反抗期のワガママ少年と彼をうまく制御できない弱い父親みたいになってしまっていて、見せ場のアリアのあたりの緊張感が良かっただけに却ってちぐはぐになって軸が霞んでしまった印象です。そして何より、内面的で精神的なドラマにあまりにも落とし込んでしまったがために、パッパーノがインタビューで語っていたところの「雄大なスイス」が演出から全く感じられなかった点が最も残念です。恐らくスイスの象徴である倒された巨木は、それはそれで美しかったし、土と血とが彼らの信仰や習慣や結束を象徴しているのもわかりはするのですが、アイディアとしては割と常套的だし、何よりスケール感がいまひとつだったなあと。パッパーノの作る音楽が雄渾なだけに、不釣り合いな印象を受けました。

    演出に話が行ってしまいがちですが、音楽面では現代最高峰のものだったのではないでしょうか。さっきも言いましたがパッパーノの指揮が雄大なスイスの風景を見事に描いていたように感じるほか、フィンリーが非常に立派で全体を引っ張って行っていた印象です。普通の演出で彼のテルも観たいなあと思いました。オズボーンは好き嫌いがまっぷたつに別れるテノールのようですが、僕は彼は美声ではないけれども役柄を歌にも演技にもしっかり出せる人として買っていて、今回も大満足でした。ビストレムはしっとりした太めの声で、有名なアリアよりも3幕のアリアの方がうんと良かった!その他、ヴェテランのハーフヴァーソンはじめ脇まで揃っていた印象です。
    肝腎のヴィノさんは出番こそそんなに多くなかったですけど、いい味出してたんじゃないですかね^^誠実そうな感じが如何にも頼れる仲間と言う風情で。カメラワーク的にはヴァラリンさんはたぶん不服だろうなと思いながら観ていましたがww

    エラい長くなってしまってすみません汗。
    大勢に反して僕はかなり夢中になって観て満足して帰ってきた口だったので、ついつい……どうぞご容赦くださいませ㎜

    1. Basilioさん:

      あはは^^;ごめんなさいね〜〜
      品川はちと予算オーバー+横浜から自宅への沿線上に、今日用事を済ませたいことがあったので、結局横浜にしたんです。

      長文&読み応えのあるコメントは大歓迎、ありがとうございます。そのままブログ記事になりそう(笑)

      Basilioさんがこの作品がお好きとのことで、ライブシネマをお勧めした手前「この演出だと、どう思ってらっしゃるかな?」と心配していたんですが、楽しんで頂けて良かったです。

      >21世紀にもなって美しい愛国讃歌ドラマをやるのはダサいし、リアルでもないし、共感できないというのが根本にあるような気がしています。

      確かにね。ウソ臭さ満載ですよ・・(という疑問点みたいなのを、まとめておきました)

      >ジェミの扱い

      これは激しく同感です。尤もこの作品入門レベルの私にとっては、そのお陰で?父子の葛藤、確執→成長物語かも・・とも思えたんですが、仰るように「苦悩」でもあるのですよね。
      動きや表現が単調に感じたことに加えて、マントテルがいちいち指図したりするのも鬱陶しかったです^^;

      舞台は1990年代後半のバルカン半島に置き換えてあるそうですが、あんなにスイスの地名とか出てくるんですから、歌詞と乖離しちゃいますよね。
      巨木といえば、新国のコジでも彼は木を多用していて、歌手が随分歩きにくそうだな・・と思ったんですが、木も土も血^^;も、多用しすぎ、説明的すぎるワ〜〜と思いました。

      >カメラワーク的にはヴァラリンさんはたぶん不服

      ええもう・・・
      照明の関係で影になったり、枝が顔の前にかかってたり、Trioでジェミ一人チャンバラばかり映すな!とか^^;
      あげく脱ぎ場面では、俳優?合唱団?の人で隠れてよく見えなかったり(泣)
      ヴァラリン特製・愛と妄想カメラで撮り直ししたいです:P

      1. ええ、本当に自分ちのブログでやんなさいよって言う話だなあと途中で思ったんですが、折角受け取り方の違いで話が膨らんでるんで、恐縮ながら拝読して思ったことを続けて。。。

        たぶん、おおもとの根本的なところを辿っていくとこの作品、オペラ(特にロッシーニw)にはよくある話ですが、音楽は非の打ちどころのないものだけれども、ドラマや話の筋を考えると台本としてはダメダメなんですよね。誰に焦点が当たってるかさっぱりわからないし、仮にこれを映画なりドラマにしたらえらい叩かれると思う^^;ただ、場面場面の展開は非常に盛り上がるようにできていて、今回観てこの盛り過ぎ感は歌舞伎をちょっと思い出すなあと思ったりもしました。
        はっきり言って軸なんてないんだと思うんですよこの台本。敢えて言えば雄大なスイスの自然と、そこで暮らした人たちの自由の獲得への戦いを描いているという程度で。そういう意味じゃ本当はアルノールとマティルドの恋愛の件なんてドラマ的にはばっさりいらないんだけど、それじゃオペラとしてあまりに色気がないということで入ってきているぐらいの話。と考えると正統的にこの作品を楽しむなら、ドラマなんて無視しちゃって、滔々と流れる音楽と叙事詩的物語に身を委ねるのが一番なんじゃないかなと。

        ただ、現代の多くの人たちはあまりにも物語をドラマとして楽しむことが習慣づいてしまっていて、上記のような正統的・伝統的な楽しみ方ができないんじゃないかなと思うんです。ウソ臭いといいましたが、リアリティもへったくれもあったもんじゃないですからね^^;演劇畑でやってきた演出家なんかからしたら、こんな台本をそのままやるのは耐えられないんだろうなと。で、この演目を、観る人にとってよりリアルなものとして、現代の感性に合ったものとして行った改変の結果ああなったのかなと。そういう意味で現代において圧政をリアルに感じさせる表現としては、ああいうベクトルはありうるのかなとは思いました(チープなリアリズムだとも思いますが)。それから、軸の不在を補うためにジェミをあれだけ大きな存在にし、アルノールとメルクタールの対立を際立たせて「父と子の確執と苦悩」をひとつの演出の筋にしたのかなと。現代的な感覚のドラマとしては確かにこれがある方がこの筋のない話に筋が通るようには思います。が、これはmustの処置ではなく、こういう読み方もできるな程度の認識でいるほうがいいのかなと。

        もうひとつぜんっぜん関係ないところですが、今回の各役の名前の呼び方の不統一っぷりが字幕を見る上でかなり鬱陶しかったです^^;
        仏語盤なので、ギョーム、アルノール、マティルド、エドヴィージュ、ジェスレルとして欲しかったところなのですが。。。英独伊仏ちゃんぽんで舞台はスイス、敵は墺となんだか変な気分になりました(苦笑)
        (ちなみに私以前コメントで「グァルティエーロ・ヴァルテル」と書いた気がしているんですが、「ヴァルテル」の伊語風が「グァルティエーロ」なのでこれも間違いですね^^;失礼しました)

        1. Basilioさん:

          いえいえ、ウチは長話Welcomeですから(だからTwitterやめたんだしw)語って下さるのはぜんぜん構わないんです。
          せっかくこれだけ密度のこゆいコメントを書かれているのだから、もしBasilioさんがここに書かれたことをたたき台にして、ご自身のブログにまとめるなり、コピペなりなさるのは遠慮なさらずに・・という主旨で申し上げているので(^^)
          (ここに埋もれさせるのは勿体ないよ・・という意味です)

          Basilioさんの仰ることは全面的に理解できます。多分ね、仰るように演劇畑の演出家から見ると、オペラの台本ってほんと、プロット的にもどうなの〜?というものばっかりでしょ^^;

          だから色々やってみたくなる・・のはわかるんですが、悲しいかな、
          オペラでは割と斬新かもしれないけど、実は使い古された手法で、新しくも面白くもない。生々しくリアリティを追求することで脅かしてやれ〜〜的な底の浅さが見えるのがね。。。

          確かに、スイスの牧歌的な雰囲気満点の演出でのんびり聴いてみたいけど、なんせ長いですし、睡魔が襲って来ないとは限らない。

          とりあえず今回、ハラハラしていたせいもあって、全く眠気は感じませんでしたから、その点でも私は演出家の術中にまんまと嵌っているんでしょうね。(しかも、こんなにプンプンしているしw)

          これだけ悪態をついてるんですが、本当はもう一度ちゃんと観てみたいんです。Basilioさんとのやり取りの中で教えて頂いてぼんやりわかったことや、自分の疑問点を検証したいとかいう理由で。

          でも、多分DVDが出た時には、家庭ではしっかり観ないでしょうね。あの場面は絶対飛ばしてしまうと思うので。。。

          >各役の名前の呼び方の不統一っぷり

          あはは^^;私はよくわかってないのが幸いしたので(笑)頂いた紙きれを見ながら今回タイプしておりましたわf(^^;

          >「グァルティエーロ・ヴァルテル」

          なーるほどφ( ̄ー ̄ )メモメモ
          なんか変だな・・とは思ってたんです^^;「グァルディエーロ・ヴァルテル・フュルスト」で、ヴァルテルはミドルネームなんだろうか?とか妄想してましたヽ(´o`; オイオイ

          1. いえいえ、妄想をまき散らしましてw

            お恥ずかしながら芝居(というかオペラ以外の舞台)はそんなに観る方ではない(そこまで手が回らない^^;)のですが、「そんなん既に使い古されてんじゃーん!」っていうのはおっしゃるとおりあると思いますね。。。
            ある時点までは「オペラ」の世界に現実世界を近付ける、リアリズムを導入するという意味での読み替えそのものが斬新だったのだと思うのですが、もうそういう手法自体も陳腐になって久しいかなあという気はしています。すみません、そういう意味では何かいろいろ書きましたがこの演出が気に入ったとか感銘を受けた訳では全然なくて、まあこんな演出もあるよなあと言うか、ざっくり言ってしまえばフツーっていう印象でした^^;
            どうもこの作品、あんまり映像に恵まれていなくて、DVDで手に入るのは他に現代読み替えが2つぐらい(ひとつは斑猫さんがあんまりいいと思わないとおっしゃっていたヴィックのもの。ヴィックこそ僕は新国立のデパート・ナブッコで印象最悪ですw)と、読み替えはないもののロンコーニの演出の評判が大変よろしくないムーティのものぐらいしかなく。。。設定どおりに(でもそれなりにきちんと演技はある)演出の映像の登場を願いところですよね。
            HouseOfOperaに出てるやつはまともなんだろうか。。。などとまた良からぬことを思ったりもしますが笑。

  3. Basilioさん:

    >ある時点までは「オペラ」の世界に現実世界を近付ける、リアリズムを導入するという意味での読み替えそのものが斬新だったのだと思うのですが、もうそういう手法自体も陳腐になって久しいかなあという気はしています。

    そうそうそう、そうなのよ〜〜!
    私も色々悪態をついてますが、とどのつまりはそういうことが言いたいのです。

    話が飛びますが、私は11年前にベルリンでブーイングとブラボー、怒号が行き交う「ドン・カルロ」に接しているんです。
    (これがきっかけでブログの前身のホームページを開いたので、私にとっては色んな意味で原点の上演)
    異端審問の場面で(拷問されたと見受けられる)全裸の男女があのフィナーレのところで、逆さ吊りになったんですよ。
    この時の騒ぎは、今回のこれよりも更に凄かったと思います。今ほどネットでの意見交換が盛んではなかったですが、その場面の写真はネットや雑誌で見られたので、そこだけ取り上げられて「けしからん」と見てない人たちからも言われ。。。

    もちろん、ものすごい残酷だと思いました。でも嫌悪感は微塵も感じなくて、あの美しい音楽と、凄くマッチしていたんです。(だって宗教裁判の場面ですもんね)
    ヴェルディって、こんな残酷な場面にこんなに美しい音楽つけて、罪作りだよなあ・・とか思いました。

    去年、10年ぶりに同じ演出を見たんですが、やはり良く出来ていると思いました。この10年で、い〜ろんな前衛演出が出ては消え・・たと思いますが、これは10年経っても残る演出だったんだなあとしみじみ感じましたもの。

    今回のROHのギョームテルの演出が、数年経って再演された時にどういう評価になるのか・・淘汰されるのか、残ってROHの定番として引き継がれて行くのか・・その辺りも気になります。

    >設定どおりに(でもそれなりにきちんと演技はある)演出の映像の登場を願いところですよね。

    ホントに。今回歌手陣にはほぼ満足ですから、ふつーの演出で皆さんまた出て下さらないかしら^^; (ヴァルテルも含めてね!)

    YTにもいくつか全曲映像、上がってますよね(でも最近のものが多そう;;)
    とりあえず、この作品へのとっかかりは出来たので(Basilioさんのアドバイスがあったから、一応このぐらいはなんとか理解出来ました。ありがとうね:))))
    またじっくり、仲良くなれる機会を虎視眈々と狙いたいですw

  4. ドン・カルロの記事、実は拝見したことがあります^^
    あれはそもそも内容に当時としてはかなりショッキングなものも含むし、そういう演出もし得るなあと思います(個人的にはヴェルディ最大の傑作だと思ってますので^^)。

    読み替えってバチっとハマったときにはエキサイティングなんですが、ダメなときは本当にダメだし、大抵の場合はダメなんですよね^^;思いつかないなら普通にやって呉れればいいっていうのが大半の人なんじゃないかと思ってるんだけど。。。いたずらに冒険ばかりが持て囃されますからね、どうしても(苦笑)

    テル、こんな形になりましたが、ご紹介できて良かったです^^
    今度は是非伊語版(Guglielmo Tell)も!
    そしてついでといいますかおまけといいますか、折角テルをご覧になったのなら、そのパロディが登場するオッフェンバック『美しきエレーヌ』も楽しいですよ~ここだけではなく全編イタオペのパロディですw

    1. Basilioさん:

      結構ひっそりと読んで下さってる方、いるのよね・・・(あのドン・カルロの記事)
      私もヴェルディではやっぱりドン・カルロが一番。ああ〜〜9月のフィリッポデビューが待ち遠しいわあ❤

      >美しきエレーヌ

      ありがとうございます!今日は諸事情で昼からゴロゴロしてたんですが、和みましたw
      ついでにこれも歌ってくれないかなあ〜〜深く考えないで見られるオペラも時には必要・・・

      先週からずっと、バジリオさんにはテルの話題に付き合って頂いてありがとうございました。日本時間の15日からは音だけでも一定期間聴けるようになると思うので、また告知しますね(私は例の3重唱しか聴かない気が・・アワワw)

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